いよいよ夜を迎えた明かりのない部屋。
正確にはどこにスイッチがあるのか
他人の部屋だから分からなかった。
壁越しに濁った声が聞こえる。
猶の声だ。祖母のセツに一生懸命
何かを訴えている。
「どこだぁぁーー!!あ!?」
遠くから茂の咆哮が響いた。
聞こえる筈がないが、
思わず息を潜めた。
恐らく猶が、一生懸命労う。
もう、闘う体力は残されてない。
この時、投獄されていることを
皮肉にもありがたいと思えた。
「自分の家の一部が牢屋か。」
もう、とっくに気が付いていたが、
自分の住んでいる家で
まともに気が休まらない状況、
母がいつも目の敵にされていること。
何だかみじめったらしくなった。
暫くして、
玄関の鍵が開く音が遠くから聞こえた。
母が帰ってきたと感覚で分かった。
そしてその勘は的中した。
「っっなあ!・・・っっっだ!・・・っっっだああ!おい!」
猶が捲し立てたからだ。
遠い壁越し、何を言っているなんて
分からない。
でもどうせ、ろくでもないこと。
じわじわと、哀しくなった。
母が理由も知らずに
いきなり罵られることよりも、
見た目こそ男らしいのに、
なんともフォローできない大人が
側にいて一緒に住んでいる事実に
切なくなってしまった。
「もう、1時間くらい経ったかな。」
もう、泣いても、外に訴えても
反応が期待できないのうえに、
腹の虫が鳴った。
腹が減った。
暴れまわった反動もあり、
次第に眠くなった。
「起きろ。おい。」
寝ていた。
独房の戸は開いており、
廊下の光が漏れていた。
暗がりに誰か立っている。
明るさにまだ目が慣れないが
そこには猶がいた。
母の呼ぶ声が聞こえた。
でもさっきの
聞こえた声は猶ではなく父の声だった。
猶は、家電の子機を片手に
少年の耳に押し当てていた。
「おい。返事しろ。」
そして、
「お前。もう出ていけ。」
一瞬、考えた。
受話器越しにいる奴を
間違えていると。
「なに言ってんの?オレだ!?」
不安交じりに訴えた。
「分ってる。出ていけ。」
父の正気の沙汰を疑った。
コイツは小5の実の息子に
「出ていけ。」と言っている。
格式は、わが子も
顧みぬものだったとは
完全な、誤算だった。
齢11歳。
裁きも待たずに出た、追放命令。
父は妻子を裏切った。
このことを私はいまだ、許せずにいる。