天正10年6月。京、本能寺にて。
織田信長を家臣・明智光秀が謀反を起こし
襲撃した事件、本能寺の変。
歴史に名を馳せる者は、
時として裏切る者、裏切られるもの
という立場が存在する。
遂に2003年、年末。未曽有の大事件は起きる。
突然、盗賊の襲撃にでもあった後の
村落のようだった。
黄昏時の西日が差し込む部屋に一人。
たった数分前まで多くの友達がここで
賑わい、仲間を感じていたこと。
そしてもう戻りそうにない喧噪を、
その面影を切なく耽ながら
呆然とへたり込んでいた。
「明日、どんな顔して学校に行けば
いいんだろう。」
「みんなに何て説明して謝ればいいかな。」
「何でこんなことになっちゃんたんだろう。」
この小さな王家のその小さな存在が
失うには大き過ぎる財産だった。
角材がめり込んだ
延髄の痛みが蘇る。
何も守れなかった悔しさが
胸中を痛恨の念が激しく襲う。
嗚咽は次第に、
遅れてきた無念を実感させる。
声を荒げて泣きじゃくった。
いかにも小学生らしい姿で。
全身をばたつかせ、
友人の顔、一人ひとりを
浮かべて、
もう戻らぬ人を想うかのように
抑える声が、涙が止まらなかった。
やがて慟哭は臨界に達する。
小さな体は、
四肢がもげ飛び張り裂けんばかりに
けたたましく咆哮し、
憤怒へ変わった。
もう、情け無用。
小さな体で腹を括った。
もう叫ぶだけ叫んだ。
金切り声の交じる激昂が木霊し、
陽が沈み切るとともに、
やがて静まり返る。
堅い意志をこさえ、口を閉じた。
無言の憤慨で広い居間を
凄んで通り過ぎる。
その先にある、
祖父のいる和室へ。
「やめなさい!!」
「アンタどうなっても知らないよ!!!」
セツが後ろから手を引こうとしたのが
振り向きざまに分かった。
「来るな―――!!!」
跳びぬけて振り切り、
駆け込む祖父の楽屋。
扉を力いっぱいに押し開いた。
そこには
風呂上がりにパンツ一丁の
だらしない体躯が背を向けて立っていた。
人の気なんて努々知らずにいる
ふざけた姿に頭が真っ白になった。
「こんのくそじじいぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
全力で突進、茂のその背中に頭から飛び込み
捨て身をぶつけた。
茂は畳に転げた。小5と言えど、
流石に不意打ちの全体重を預けた渾身の
タックルは受けきれなかった。
「なんだと!!ガキぃぃぃ!!!」
祖父がよろめきながら体を起こしはじめた。
対峙されたら一巻の終わりだった。
幾ら老体と言えど、
毎日建具建築に勤しむその躯体は
だらしないながらも隆々とした
特に腕の筋肉はまだ健在だったからだ。
そして小学生だろうと容赦なく
角材で殴るヤツだ。
すかさず背後に回る。
そしてまた助走をつけて
本気のタックル。
傍から見たら小学生がノミのように
ピョンピョンしているようにしか
見えない滑稽な姿だが、本人は命がけだ。
立ち上がりかけた祖父がまた、
畳に勢いよく転げる。
勢い余り畳に打ちつく肩、
擦れる肘がもう酷く痛い。
みぞおちに響く衝突のインパクト。
血が上り、目ん玉が飛び出そうなくらい
ぐわんぐわんする頭。
岩のように固い大人の身体に頭から突っ込み、
今にも千切れ飛びそうな小5の身体は
早くも満身創痍だった。
「攻撃をしくじったら確実に殺される。」
3回目。
ギュッと目と閉じ繰り出す再びの猪突猛進。
飛び込んだ全身は
「ごっっ!・・・」
「どざぁっ。」
膝立ちする祖父の頭部を左肩で捉え、
そしてまた畳に空中から滑り込んだ。
冷静に考えたら、
小学校5年のとりわけ小さな体躯でも
30kgはちゃんとある。
つまりは、多少柔らかいと言えど
ボウリング球が飛んできている、
もしやそれ以上の衝撃が来ているのと
変わらない。
祖父はゼコゼコと乾いた咳を鳴らし
うつぶせにのびていた。
男の親子喧嘩。
決して放っとくわけにもいかない
いずれ止めなくてはならない諍いだが、
平和な家庭にも普通に起こる
親子イベントである。
卑劣もあったかもしれないが、
「大人に勝った。」
ましてはこの家一番の主に
勝てる見込みがなかった武力で
一矢報いることができた。
妙に少し澄んだ気持ちで
天井を仰いでいた。
激昂にかられた少年は
いきなり王将を討ち取らんとしていた。
それはボードゲーム初心者でも
やらない、
愚行極まりない真似をした。
怒りは人を馬鹿にさせる。
ぼやに油を注ぎ大火事にするかの如く、
単なる小競り合いをも私欲の為に
ドンパチにするヤツがこの家にはいた。
そして過激に槍玉に上げ
苛烈な吊し上げを起こす引き金が
そこにいた。
「テメェ!!!!オヤジに何しやがった!
くらぁ!!!!!」
だらしなく伸びた細い毛のボサボサ頭。
売れないパンクロッカーのような見た目だが
そのビジュアルには似つかわしくない、
獣のような暴力的な躯体を持つ男。
猶はいつの間にか
その場を嗅ぎつけて
肩を怒らせていた。
どこから湧いて出てきたかわからないが、
女子供に容赦なし。この場も例外はなかった。
一応、現役アスリートのコイツには
力では到底勝てない。
完全にやってしまった。
猶は、畳にバテきった少年を
詰りながら片手で乱雑に担ぐと、
自室の小部屋に閉じ込め、鍵をかけた。