1992年7月 神奈川県平塚市
この街は駅を中心に繁栄している。
自他ともにイチオシのイベントは、夏の七夕祭りだ。
駅を中心に栄え、隣には大きなモールが構えられており
それから約2キロ圏内には商店街、歓楽街、娯楽施設
などが密集し、それなりに賑やかな街ではある。
しかしそれ以外ともなると、車で5分もしないうちに
辺り一面は広大な青々とした空模様を映す田んぼへと
景色を変えていく。
舗装された畦道に立つと、世界が動くことを
忘れたかのように妙に静かな感覚になる。
景色が、空が、とにかく広く、
稲穂がさわわと揺らめいて、はるか遠くで
車が走り去るエンジン音が微かに響くだけ。
まるで田んぼの地のど真ん中にポツンと建つ
一軒家のようなところ。母の故郷である。

平塚共済病院、そこで産声を上げた、
センマの人生はそんな環境からスタートした。
里帰り出産からほどなくして、
父の実家、東京へと移り住んだ。
そこは大田区池上。
都内の鋭くそびえたつ摩天楼たちが輝く景色とは
うって変わって、お寺や神社に囲まれ、
小高な山の上には五重塔、本堂が大きく構えている。
本堂から伸びる広い参道に沿って下町が展開し、
万屋や精米店、駄菓子屋などの商店街が賑わい、
東京と言えど京都のような風情であり、情緒あふれる
地域であった。
同じ山のその麓にある、同じ宗派の寺院、
そしてその檀家の第一号。
建具屋で自社ブランドを立ち上げ、
高度経済成長期の高波に乗り、
事業を繁栄させた腕利きがいる。
祖父の名を茂。家系三代目、
花の江戸っ子職人である。
地域の一等地100坪余りを
お寺から買って家を建てた、
豪気の者。そして、町内会の頭領である。
その妻、祖母はセツ。
秋田から美容師修行のため上京し、
その理髪店の客として茂が来たことが
馴れ初めだそうだ。
父はこの家の長男として生まれる。
これもまた派手な経歴の持ち主で、
バブル全盛期は大手証券会社に入社、
「24時間戦えますか」
日ノ本のリーマンが
キャッチフレーズにしていたその時代に、
証券マンをやっていたそうだ。
曰く、目をつぶって株を買っても儲かる時代。
「客の金でほぼ勝てる博打を打って、
どれだけ勝ち数字を積み重ねるかを競う商い。」
ディスコで芸能人と遊ぶのは当たり前。
「目が覚めると銀座の倶楽部にいた。
夢見てまで飲んでる、もう病気かと思った。」
例え帰っても、寝間着のまんま拉致される、
私生活もかなりギラギラ(?)していたそうだ。
そしてバブルは崩壊したが、その後も
取引先などのコネを駆使し、
まだまだ景気の悪くない商社に転職する
バリバリのMr.スーツマンである。
そうして間もなく、同じ営業職だった母と
出会ったそうだ。
体裁、実力、財力などが、
もう既に揃っていた。
悠々自適が約束されたこの家系の
一人っ子、センマである。
そう、そこには何一つの不自由はない!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
権力に忠実であることが正義。
承継される時代を夢見る同士は、
儚くも長らく切ない因縁を生む。
0章スタート!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー